大判例

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大阪地方裁判所 昭和63年(わ)4813号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分を右刑に算入する。

本件公訴事実中、覚せい剤取締法違反の点につき、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和六三年五月一二日午前零時二〇分ころ、普通乗用自動車を運転し、大阪市浪速区〈住所略〉先の信号機により交通整理の行われている交差点を南から北に向かい時速約六〇キロメートルで直進するに当たり、前方を注視し、信号機の有無及びその表示に注意すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、考えごとをしながら前方注視を欠いて、漫然前記速度で進行した過失により同交差点の対面信号機が赤色を表示しているのを看過して、そのまま同交差点に進入し、折から西から東に向かい同交差点に進入してきた荒木幸弘(当時二四歳)運転の普通貨物自動車(軽四)に全く気付かず、同車の右前部に自車前部を衝突させ、その反動により、同車を右前方に暴走せしめて歩道上に乗り上げさせ、よって、同人に加療約二か月半を要する右脛骨内踝骨折等の傷害を負わせ

第二前記日時場所において、前記のとおり、交通事故を起こしたのに、負傷者の救護等必要な措置を講ぜず、かつ事故発生の日時場所等法律の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告せず

第三法定の除外事由がないのに、昭和六三年八月二五日午前八時一〇分ころ、大阪市西区〈住所略〉ハイツ一一一〇号室において、大麻七・〇三グラムを、それが大麻であるかもしれないと認識しながら、あえて所持した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(累犯前科)

被告人は、昭和五七年五月一三日大阪地方裁判所で恐喝未遂罪により、懲役一年二月に処せられ、同五八年七月二七日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為中、救護義務違反の点は道路交通法一一七条、七二条一項前段に、報告義務違反の点は同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段に、判示第三の所為は大麻取締法二四条の二第一号、三条一項に各該当するが、判示第二の救護義務違反と報告義務違反とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い救護義務違反の罪の刑で処断することとし、判示第一の罪については所定刑中禁錮刑を、判示第二の罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、前記の前科があるので同法五六条一項、五七条により判示第二の罪につき再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分を右刑に算入し、訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断及び一部無罪の理由)

一  業務上過失傷害等被告事件について

弁護人は、被告人が普通乗用自動車を運転し、判示第一記載の交差点(以下「本件交差点」という、)に進入した際、対面信号機の表示は赤色でなかった旨主張し、被告人も当公判廷で同旨の供述をするので、この点につき判断する。

被告人は、第一二回公判において、本件交差点の一つ手前の交差点(右交差点間の距離約一〇〇メートル)の信号機の表示を確認したところ、青色であったから、本件交差点に進入する際の対面信号機の表示も青色であると思う旨供述しているが、本件事故の被害者である荒木幸弘は、普通貨物自動車を運転し、本件交差点に進入する際、対面信号機の表示は青色であった旨明確に供述していることや、被告人の右供述は、第一二回公判で初めてなされたもので、捜査段階はもとより(むしろ、被告人は、捜査段階において、本件交差点の手前約二九八メートルの地点から本件交差点まで、考えごとをして前方注視を欠いていた旨供述している。)第一回、第二回公判における罪状認否においても、そのような供述はなされておらず、しかも、第一二回公判における被告人の右供述自体あいまいなものであることを考え併せると、被告人の右供述は真実性に乏しく、弁護人の前記主張は採用できない。

二  大麻取締法違反被告事件について

弁護人は、被告人は、本件大麻所持につき、大麻であることの認識がなく、また、被告人の行為は所持に該当しない旨主張し、被告人も当公判廷において、紙袋の中身が大麻であるとは思わなかった旨供述するので、この点につき判断する。

被告人は、捜査段階の当初は大麻所持の事実を否認していたが、その後右事実を認めるに至り、その供述内容は、「昭和六三年八月二四日の夜、大阪市南区のディスコ『××クラブ』で、以前大麻をもらったことのある『トミー』という日本人から、『これたばこや。』と言われて本件大麻の入った紙袋をもらったが、中身はたぶん大麻であると考え、知人の通称パティことAや通称ケリーことBにやろうと思い、パティらの住む大阪市西区のハイツ一一一〇号室に右紙袋を持って行き、同室内のテレビの前に右紙袋を置いていたところ、翌二五日の朝、警察官が同室内の捜索に来たので、とっさに、右紙袋の中身が警察官に見つかってはまずいと思い、右紙袋を窓から外に投げ捨てたが、捨てるところを警察官に見つかり、その後右紙袋に入っていた大麻所持の現行犯で逮捕された。」というものであるところ、右供述は、本件大麻の入手状況に関する点を除き、関係各証拠と符号し、十分信用できるものであって、被告人の右供述及び関係各証拠を総合すれば、被告人が判示第三記載の日時場所において、本件大麻の入った紙袋を所持していたこと及び被告人が右所持の際、右紙袋の中身が大麻であることにつき、少なくとも未必の故意を有していたことを十分認定することができるから、弁護人の前記主張は採用できない。

三  覚せい剤取締法違反被告事件について

1  弁護人は、本件強制採尿手続は、弁護人選任権を侵害するなどしてなされた違法なものであるから、鑑定書は証拠能力を有せず、被告人は無罪である旨主張するので、この点につき判断する。

2  本件公訴事実の要旨は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六三年八月一七日ころから、同月二五日午前八時一六分ころまでの間、大阪府下又はその周辺において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤若干量を注射又は飲用などの方法で使用したものである。」というものである。

3  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 大阪府水上警察署の甲野一郎巡査長らは、昭和六三年八月二五日午前八時一六分ころ、被告人を大麻所持の現行犯で逮捕し、その後同署において、被告人を身柄拘束のまま取調べていたが、被告人から、逮捕の段階から再三にわたり、弁護士に連絡してほしい旨の申出を受けたにもかかわらず、これに応じず、あるいは当時被告人が氏名を黙秘していたことから、氏名を明らかにしなければ弁護士に連絡はとれない旨言っていたところ、その後同日午後四時過ぎころ、被告人が氏名や住所等を明らかにしたうえ、山西弁護士(同弁護士は、当時、当裁判所で公判中の被告人に対する業務上過失傷害等被告事件の私選弁護人であった。)に連絡してほしい旨申し出たので、甲野巡査長において、その旨を同署の乙川二郎係長に報告した(なお、甲野巡査長は、乙川係長に右報告をしたのは同日午後五時前ころである旨供述するのに対し、乙川係長は、甲野巡査長から右報告を受けたのは、同日午後九時半ころである旨供述しているが、乙川係長は、同日午後五時ころは同署内におり、そのころ甲野巡査長と顔を合わせた旨供述しているから、いずれにしても、同日午後五時ころ、甲野巡査長が乙川係長に対して右報告をするのは可能な状況であった。)。

(二) 乙川係長は、翌二六日午前九時ころ、弁護士会に電話し、山西弁護士の電話番号を問い合せたところ(同係長は、事前に被告人に対し山西弁護士の連絡先を確認しなかった。)、山西健司という別人の弁護士の電話番号を教えられ、右事務所に電話したが、同弁護士から、被告人とは面識がない旨の返答を受けたので、被告人に対し、山西弁護士の電話番号を確認した結果、山西美明弁護士の事務所の電話番号が被告人の手帳の記載から判明し、同日午前一一時前ころ、同弁護士の事務所に電話し、同日午後零時前ころ、折り返し電話してきた同弁護士に対し、大麻取締法違反で逮捕した被告人が山西弁護士に連絡してほしいと言っているので連絡する旨を伝えた。

その際、山西弁護士は、乙川係長に対し、直ちに被告人と接見したい旨申し入れたが、同係長から、同日午後から、被告人につき、大麻取締法違反の勾留請求の手続があるので、被告人と接見できるのは夕方になる旨言われたので、同日の夕方被告人と接見したが、その時点ではすでに後記強制採尿手続は終了していた(なお、乙川係長は、少なくとも同日午前九時に山西弁護士と連絡がとれた場合、同日午前中の接見の可能性を否定していない。)。

(三) 前記水上警察署の丙沢三郎巡査部長は、昭和六三年八月二五日午後五時ころ、被告人を大麻所持で取調べ中、被告人の前科内容や両腕の注射痕などから、被告人が覚せい剤を使用している疑いが強まったので、被告人に対し、尿の任意提出を求めたところ、被告人が出ないと言ってこれに応じず、その後の説得に対しても同様であったことから、翌二六日午前中は、被告人の腕の注射痕を写真撮影するなど、被告人の尿に対する捜索差押令状請求のための資料作成に費やし、同日昼ころ、右令状を請求し、その発付を得て、同日午後四時過ぎころ、大阪市港区の大坂港湾病院において、甲野巡査長らとともに、被告人に対し、強制採尿を実施した。

4  弁護人に依頼することのできる権利は、憲法三四条により、身体を拘束された被疑者に対して保障された最も基本的かつ重大な権利であり、刑訴法七八条(同法二〇九条、二一六条により現行犯逮捕の場合に準用されることによる読替。)は、右権利の実効を期するため、「現行犯逮捕された被疑者から弁護士を指定して弁護人選任の申出を受けた司法警察員は、直ちに被疑者の指定した弁護士にその旨を通知しなければならない。」という趣旨の規定を設けており、右規定の趣旨及びその文言から、弁護士に対する連絡は即時性が強く要求されるところ(捜査研究会編「逮捕」(現代警察新書14)一二六頁は、「法は『直ちに』通知すべきことを義務づけているので、たとえ、深夜、早朝であっても、適法な申出があった場合には、即刻通知すべきであろう。」としている。)、前記認定の事実によれば、前記水上警察署員は、現行犯逮捕されて身柄拘束中の被疑者である被告人から、再三にわたり、弁護人に対する連絡の申出を受けたにもかかわらず、被告人の氏名黙秘などを理由にこれに応じず、その後被告人から、氏名開示の上、山西弁護士に連絡してほしい旨の申出を受け、ようやく同弁護士に連絡しているものの、同署員が右申出を受けてから、現実に同弁護士の事務所に連絡がなされるまで、一八時間以上も経過していることが認められ、しかも、右遅延は、被告人及び山西弁護士の責に帰すべき事情によるものではなく、かつ、遅延したことについて同署員側にやむを得ない事情があったとは認められないから、(なお、弁護人連絡に関する報告がなされた時刻についての同署員間の供述の食い違いや、弁護人の人違いの問題は、被疑者の弁護人依頼権の重要性に対する同署員の認識の不十分さを示すものと言わざるを得ず、そのため生じた遅延は同署員側の責に帰すべきものと考える。)、右水上警察署員の一連の措置は、前記刑訴法の規定に著しく反するものであり、ひいては、憲法三四条により保障された被疑者の弁護人依頼権を侵害するものであると言わざるを得ず、その違法の程度は、令状主義の精神没却に匹敵する重大なものであり、しかも、直ちに山西弁護士に対する連絡がなされていれば、山西弁護士が強制採尿手続実施前に被告人と接見し、同弁護士の被告人に対する弁護活動により、強制採尿が行われずに済んだ可能性を否定できず(尿自体を取得できなかった可能性も否定できない。従って、本件においては、いわゆる「不可避的発見の法理」は適用されないと解される。)、また、右強制採尿手続は、右手続自体は令状に基づいてなされたものであることや、右手続が実施されたのは山西弁護士に連絡がなされた後であることを考慮しても、弁護人依頼権の侵害という重大な違法を犯した上での身柄拘束中(弁護人依頼権侵害後の身柄拘束自体違法の疑いがある。)に捜索差押令状請求のための資料が作成され、前記認定の経緯で、山西弁護士が被告人と接見する前、すなわち、弁護人依頼権侵害が実質的には未だ解消されたとはいえない状態において、それに乗じた形でなされたものであるから、右手続も違法性を帯び、その帯有する違法の程度も重大であるというべきであり、かつ、右強制採尿手続により得られた証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からして相当でないと認められる。

従って、右強制採尿手続と密接不可分の証拠である被告人の尿に関する鑑定書及びこれに関する証人の公判廷供述は証拠能力を有しないと言わなければならない。

5  以上によれば、弁護人の前記主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由があり、本件公訴事実については、前記鑑定書等を除くと被告人の有罪を立証する証拠がないから、犯罪の証明がなく、刑訴法三三六条後段により、被告人に対し、無罪の言渡しをする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 安達嗣雄)

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